かつてフランスにはマリー・ナントカネットとか言う女王がいた。
彼女が好んで飾りとしてつけていた花がジャガイモだったというのは有名な話だが
ジャガイモの花粉はほとんど機能していないものが多く、全くつかないか成功しても30花に1果くらいしか果実をつけない場合も多い。
フランスでは18世紀にアントワーヌ・オーギュスタン・パルマンティエがドイツで食べたジャガイモを広めたためにアッシ・パルマンティエという料理があるが、かの女王が花で着飾ったのも「パンがなければジャガイモを食べればいいじゃない。」と言いたかっただけかもしれない。
ジャガイモを広めて国を救いたかったのだろう。
昨今、ロシアとウクライナで戦争が起こり話題が尽きない、日本も経済制裁という形でロシアを兵糧責めしているわけだが
このロシアとウクライナでもジャガイモは重要な作物である。
ロシアの主要品種のダーリオンカは日本の男爵に似ているというが、もしかしたらアイリッシュ・コブラーやアーリーローズに関係があったりするのかもしれない。
ナジョーニという品種は食べるときに剥いた皮から発芽したという逸話があるが、ある人によれば日本のジャガイモもどうやら皮からでも芽がついていれば発芽するようだ。
ロシアでは伝統的にダーチャという別荘のような土地でジャガイモや野菜を栽培し、時には数百kgの収穫があったようでロシアの老人が言う「家庭菜園さえあればロシア人は生きていける。」という言葉はこの規模が当たり前の国だからだろう。
ウクライナでもジャガイモの品種改良が盛んで、なんとジャガイモが種子として流通している。
2018年あたりまではAmazonなどでウクライナ産ジャガイモ種子が販売されていたが今は見ない。
アメリカではウクライナ産ジャガイモの種子を栽培していることが知れると、役人が来て廃棄するよう指導されるという。
おそらくジャガイモ痩せ芋ウイルスなどを懸念しての事だろう。
こういった事例がアメリカ国内で目立つようになって流通が無くなったのかもしれない。
ジャガイモは多くの品種が果実をつけるが、前述したとおり結実率が悪い。
俺はネットオークションやSNSで募集して集めたり交配して種子をとるが、品種によって実が付きやすい品種と全くつかない品種がある。
最近人気のキタアカリは種子をつけやすいので、SNSで募集した種子のほとんどはキタアカリの子だろう。
ただ、中には細長いものもあるため最近出回るフランス品種のシンシアなどが親の場合もあるかもしれない。
男爵芋は4倍体で品種改良にも利用されているがほとんど花粉を作らない、メークインも同様だが男爵のように品種改良に利用されることはほとんど無い。
メークインの毒性が少し強いのも原因だそうだが、名前がよく似たシャドークイーンほどではないのではなかろうか?
シャドークイーンは小さい芋は渋味やエグみが出やすく、大きいものでもエグみがある場合がある。
親のキタムラサキは在来品種の根室ムラサキの子だが、根室ムラサキがアンディゲナ系ジャガイモであるのもエグみの原因かもしれない。
ただ同じアンディゲナ系の、スペインのパパ・ネグラや埼玉の在来品種である大滝紫は小芋でも渋味が感じられることはない。
とするとシャドークイーン独自の欠点かもしれない。
アンディゲナ系というのはsolanum andigenumという野生種の紫ジャガイモとジャガイモの交雑種のことで紫皮白肉が多い、ハイブリッドであるアンディゲナ系は最も古くにアンデスからヨーロッパに持ち込まれた系統のジャガイモだ。
つまり根室ムラサキや大滝紫などのアンディゲナ系在来ジャガイモは、最も古くに日本にやってきた日本最古の品種である可能性が高い。
日本にジャガイモが来たのは1600年前後であるとされるから400年前から日本にある品種の可能性があるということになる。
日本のジャガイモといえば男爵だが、これは三菱前身である九十九商会の幹部だった川田小一郎の息子である川田龍吉男爵が海外から取り寄せたアイリッシュ・コブラーという品種だとされている。
川田龍吉男爵は父の命でスコットランドに留学し、そこで出来た恋人のジェニーとよくジャガイモを食べたという。
ただ、父の小一郎が二人の結婚を許さなかったためにさようならしたらしい。
同じ時代に俺の曾祖父さんは長野美人の曾祖母さんと駆け落ちしたそうだが、川田龍吉には出来なかったのだろうか?
それが大変な時代だったのかもしれない、やらかしてんな曾祖父さん。
まぁでもアラン・ドロンにしか見えないじいちゃんを見ると曾祖母さんは西洋風の超絶美人だったのかもしれない。
アイリッシュ・コブラーは詳細な起源が不明な品種だが、アイリッシュ、アイルランドと言えばジャガイモの疫病が原因で起きたアイルランド飢饉が有名だ。
主食をジャガイモに頼りきり、収穫の多いランパー種という1つの品種が広まったために疫病という1つの病気で飢饉が起きてしまった。
ただ、ジャガイモの原産地アンデスの住人たちは1つの区画に15種類以上のジャガイモを植えていることが多いのだ。
どれかがダメになっても飢饉に陥ることが無いように、古代インカ帝国時代から脈々と受け継がれてきた知恵なのかもしれない。
知らんけど。
さて、ここまで長々と座学チックな知識を並べたのには意味がある。
ジャガイモを栽培するということは主食になり得る作物を栽培するということだ。
これから先、日本にも戦火が飛び火する可能性もあるからして
家庭菜園、農業共に重要な役割りを担う可能性もある。
そして植物を栽培する上で変異は避けられない、ピノ・ノワールからピノ・ブランが変異体として生まれたように、ジャガイモも変異が少なからずある。
より良い物を残し、繋げるにはジャガイモの在り方を知る必要があるだろう。
さて、そろそろ本題に入ろうか
ジャガイモの育て方その①だ、ジャガイモの種子は嫌光性種子であり、土がかぶさることにより発芽が促進される。
ナス科だから嫌光性なのは当たり前だよ
と思っている人もいるだろうが当たり前じゃないからきちんと勉強しろと言っておく。
例えばタバコの仲間もナス科だが好光性種子であり、ジャルトマタ(ハルトマト?ヤルトマテ?Jaltomata)の仲間も同じく好光性種子である。
わからない人に説明すると好光性種子は光が当たらないと発芽しづらく、嫌光性種子は光があたると発芽しづらい種子のことだ。
まずジャガイモ種子は嫌光性なので5ミリほどの深さに蒔き覆土する。3月末か9月に蒔くのが良いだろう。
本来ジャガイモは短日性なので日本では日が短くなる秋に植えるのが本来の生育に近い環境になるかもしれない。
そして9月蒔きだと1月収穫になるので次に蒔く3月まで保存期間が短く済むため、長期保存に向かない小芋の保存が楽になる。
3月に種子を蒔いた場合、秋ジャガ適正のある休眠が短い個体は9月に種芋を蒔くため、種子を9月蒔きするより保存期間が長くなる。
つまり種子の蒔き方はトマトと同じである。それもそのはず、トマトにはジャガイモに近いとされる種もあり、ジャガイモにはトマトのように果実が食用になる種もある。
パパ・デルモンテと呼ばれるsolanum demissumは果実が食用になるため、フルーツポテトとも呼ばれる。
ジャガイモとトマトを細胞融合させてわざわざポマトつくらなくてもsolanum demissum品種改良すれば良かったんじゃね?
ただ、日本にはsolanum demissumを使って品種改良された品種がある。
それがコナフブキだ。
デンプン採取用で、デンプン価の高いsolanum demissumを利用して作られた品種である。
稀にヤフオクで種子を見るが最近は見ないな。
ジャガイモを種子から栽培すると初年度は大きくてもピーナッツサイズにしかならない。
ニ年目でピンポン玉サイズ程度だ。
ジャガイモの品種改良が簡単ではないと言われる理由はここにもある。
最大サイズがわかるまで3〜5年かかるわけだ。
さらにPGAによっては食用にならない。
ジャガイモは元来毒草であり、ソラニン、チャコニンなどを含み、それらを総称としてポテトグリコアルカロイド略してPGAと呼ぶ
種類によってはトマチンを含む野生種もあった気がする。
そういった毒性が多い場合、発生しやすい場合などは使えない品種ということになる。
手っ取り早く調べるなら食べて渋い苦味がある場合はソラニンが多く、酸味を感じる場合はチャコニンが多い。
トマチンとソラニンはほとんど同じ味なので近い成分かもしれない。
味で見ればこうして目安としてわかるが、ジャガイモはイモが光に当たることによっても毒を作り出すため、どれだけ毒性が発生しやすいかも販売する場合には重要になるだろう。
売った先で中毒を起こされては元も子もない。
ただ、アンデスでは毒性の強いエグみのある品種を保存食に利用することもある。
氷点下の外気に晒し凍ったジャガイモを太陽にあてる、そして溶けたら足でジャガイモを踏み水分を抜く
するとPGAは水溶性であるため毒性が無くなるのだ、これがチューニョと呼ばれる保存食である。
チューニョにはクシと呼ばれる品種が利用され、単純に仕上がりの味で選ばれるためエグみの強い品種から普通に食べられる品種までがある。
日本には凍みイモと呼ばれる保存方法があり、チューニョに似ているとも言われるが流水でアクを抜く作業がチューニョとは異なる。
これはアンデスではモラヤと呼ばれ、見た目が白くなり味も食べやすいため、普通に商品化されたりもしている。つまり自家用にチューニョ販売用にモラヤという形になっているのだろう。
モラヤにはワニャやルキと呼ばれるジャガイモが利用されるが、これらはかなりエグみが強い品種であるという。ワニャはモラヤにしても縮まないため、ルキよりも上等らしい。
こうして毒性のある品種をあえて利用するのには理由がある。
これらは他のジャガイモとは異なりより寒冷な地域に自生するアカウレと呼ばれる野生ジャガイモとのハイブリッドであり、通常のジャガイモよりはるかに寒さに強い。
そして高地の住民が生きるために寒さに強い品種を選んだ結果、エグみの強いただ寒さにも強い品種が選ばれたのだろう。
更に言えばチューニョやモラヤは外気でジャガイモが凍る気候でしか作れないため、必然的に寒冷地に適した品種である必要があったに違いない。
前述したコナフブキのように日本の品種にはいくつかの野生種が交配に利用されている場合がある。
インカのめざめなどはsolanum phurejaという2倍体品種との交雑種であることが有名だ。
世界中で古くから野生種との交配が試みられたため、実際には多くの野生種の遺伝を持っている可能性もあるだろう。
いくつか野生種を紹介しておこう。
solanum brevicauleはペルーからボリビアの野生種で短日性だが、長くストロンを伸ばし多数のイモをつける。さらには気温40℃に耐え、疫病にも強い。最大で200グラムを超える系統もある大型種である。日本だと秋植えしか出来ないだろう。ほとんどの系統は毒性が強く栽培種とのハイブリッドはほとんどがエグみを持つようだ。
solanum hjertingiiはメキシコ北部の野生種で、短日性だが多くの系統で味が良いという。押し痛みに強く褐変しづらいため栽培種の棚持ち改善に利用できるかもしれない。更にはほとんどの栽培種と同じく4倍体であるため、交雑に利用しやすいと言える。
solanum cardiophyllumはメキシコの野生種で、長日性でアステカ族とチチメカ族によって食用にされていたという。苦いものは毒性があるが、栽培種よりも毒性が少ない系統もあり、そういった系統はPGAを合成する能力がそもそもないらしい。2倍体と4倍体の系統があり2倍体は自家受粉するが4倍体はしない。寒さに弱く暖かく乾燥した場所を好む。
solanum chacoenseは広い地域で見られ、ペルーからブラジルまで自生する。いくつかの系統は長日性で、−3.5〜40℃に耐えるという。葉にレプチンが含まれるため害虫に葉が食われないという特性がある。ジャガイモとのハイブリッドはほとんどエグいらしいのが残念だ。
ヤフオクで香川県産野生メロンと共に出品されていた野生ジャガイモ
出品名はsolanum spだったが栽培して食べるとかなりのエグみだった。
solanum stoloniferumの白花系統に見えるが詳細はわからん。苦い。
solanum stoloniferumはsolanum fendleriと近縁だというが、調べるとsolanum fendleriの方が大きく食べごたえがありそうだ。
とりあえずジャガイモには様々な野生種があり、栽培種はこうした野生種の遺伝も取り込みつつ広まっている。
種子からも様々な形質が現れるだろう。
とりあえず歴史を見ると疫病とジャガイモシストセンチュウに強いことが必要と言えるため、こうした未来も想定して実生選抜をしていくと良い。
ジャガイモを栽培する土についてだが、野菜を栽培するときにやたら苦土石灰を混ぜ込む人がいる。たしかにマグネシウムや石灰は大事だが、石灰を利用すると土がアルカリ性になることは当たり前の話しだ。
アルカリ性に土が傾くと、ジャガイモはそうか病という症状が現れやすくなる。
そうか病は細菌による攻撃に対抗して、ジャガイモが皮にコルク質を作るために起こる症状だが、
種子から育てたばかりの芋だと、そうか病になった場所がパックリと割れて保存中に腐りやすくなる。
そうすると大事に育てても保存に失敗しては滅びるだけになってしまうので注意だ。
そしてジャガイモはウイルスに弱く、ウイルスにかかったら種芋まで汚染されてしまう。
そうすると細胞をとり茎頂培養でウイルスフリー化させるしか無くなるため、出来るだけウイルスの被害を防ぎたい。
アブラムシが入らないように発芽苗や種芋用は蚊帳などにいれて栽培するのが良いだろう。
アンデスでは高低差が激しいため縦長に畑を作り、寒くて虫が来ない畑の北方面の芋を種芋に残すという。
まとめるとトマトと発芽方法は同じで、小芋がそうか病で割れないように石灰は使わず、ウイルスを防ぐため蚊帳にいれて栽培するのが良い、そして毒性がなく疫病とジャガイモシストセンチュウに強いものを選抜する。
これがジャガイモの作り方だ。
ただ面白いのは3倍体品種でも稀に種子が出来るなどの例外があることだ。
思いついた事は出来ないと決めつけずにチャレンジしてみるのが良いだろう。
最後に在来ジャガイモを紹介して終わろうか。
愛媛県久万高原の赤いも
これは甘味が強く味が良い、そしてデカい。
ただ、硬い肉質で煮崩れしない代わりに味が染みない。
徳島県祖谷のごうしゅいも(ごうしも)
味はかなり良いが小さく、黄肉の細長い系統と白肉の丸い系統が混在しているように見える。粘りがあるというかサツマイモのようなねっとりした食感である。
長野の清内路黄芋
味はメークインとほとんど変わらない粘りのあるタイプで、黄肉だがインカのめざめのように栗のように甘いことはない。チューニョやモラヤが作れない温暖な地域では、パパ・アマリージョと呼ばれる黄芋を茹でて干したパパ・セカと呼ばれる保存食が作られるが、清内路黄芋もパパ(ジャガイモ)アマリージョ(黄色い)なので本来は原産地ではパパ・セカ用品種だったのかもしれない。
落合芋
山梨県の丹波山村の地芋でホクホクとしているが煮崩れせず、芋臭さが強い。煮物に1番向いたジャガイモかもしれない。山梨県では天明の大飢饉の後、領民を救うために中井清太夫がジャガイモを広めたので複数の在来品種がある。つやいもやふじのねがたなどと出会うことがあれば食べてみたい。
おいねのつるいも
東京唯一の村、檜原村の地芋であり山梨県の都留から嫁に来たおいねさんが持ってきた芋だとされている。おそらくこれも中井清太夫が広めたジャガイモの末裔だろう。二次成長しやすくデコボコになりやすいが、芋の香りが強くホクホクしているためじゃがバターによく合う。アーリーローズと遺伝的に近いとされている。
大滝村から荒川村でみられる大滝紫芋
白肉と言えなくはないがデンプン質なので半透明である。皮は美しい紫で柔らかいため現地では最も好まれるという。デンプン質でホクホク感が強く、まるで醸造用サツマイモの黄金千貫のようなデンプン質だ。アンデスのパパ・ナティーバ(在来種)の王様ベルンドスに似ているため、もしかしたら同じ系統かもしれない。
大滝紫と同じ地域の中津川芋
ニホンオオカミがいるという三峰山神社の入口付近にある山麓亭という店で芋田楽にされることで有名なジャガイモ。日露戦争に行った兵士がロシアから持ち帰ったとされるが、粘りが強くうるち米のような食感で串に刺しても割れない。小粒の芋が上等とされており、大滝村の方では小指の先ほどの小さい芋が袋にパンパンになって売られていることもある。荒川村付近の中津川芋は粘りが弱くややホクホク感があるが、それは10月だったために数ヶ月熟成された結果かもしれない。
ジャガイモは粘りが多いほど白く、ホクホク感が強いほど半透明になるが、粘りが強い中津川芋とホクホクして粉質の大滝紫を比べるとこれだけ色の差がある。
アンデスでは煮崩れしない粘りのある芋をムンダ、ホクホクしてデンプン質のものをワイコまたはアリノーソと呼ぶというが
ジャガイモ大飢饉があったアイルランドでは粘質の芋をwaxy、デンプン質の芋をflouryと呼ぶらしい。
ワイコとムンダのがわかりやすいな。
芋畑を耕して天に至る天空の村
下栗村で栽培される下栗二度芋
二度芋だが秋作のジャガイモは販売されていない、遺伝的にはメークインに近いというがどちらかといえばワイコでジャガイモとしての味が濃い。
俺の知る在来ジャガイモで最も美味いジャガイモ。
静岡の在来ジャガイモとかは知らないから今年はチェックしたい。
それでは皆さん素適な芋野郎ライフを。